【Vol.1】RUNABOUT HEROESって?けんけん氏インタビュー【Part 2】

前回はけんけん氏のバイオグラフィに焦点を当ててインタビューを行った。

前回の記事は下記参照。



Part 2の今回では、「RUNABOUT HEROES」の成り立ちや苦労、何を写しているのかという部分にフォーカスを当てる。






「集まることがメインやって、そのついでに写真撮ったらおもしろいよねっていうのがホンマの最初。」



―――――まず「RUNABOUT HEROES」という名前についてなんですけど、この名前の由来は何なんですか?


これはね、まず「RUNABOUT」なんやけど、イベントに出てる有名所だけじゃなくて、その辺にうろついてるレベル、つまりランナバウトしてる奴ね。こういう奴らにスポットを当てようと。そしてスポットを当ててカッコいい奴にして、ヒーローにしようと。それが複数形やから「RUNABOUT HEROES」。

今のロゴの下にある、「17時になったら帰ります。」っていうのはミーティング時代の名残よね。マジで17時で解散してたから(笑)。


―――――なるほど。そうやってカメラをついに買ってランナバが始まるってワケなんですけども。正直、カメラ買ってからランナバ始めるまでって僕の記憶やとそんなに長くなかった記憶あるんですよね。


そうそう(笑)。これはね、人に話すのも初めてなんやけど、正味の期間で一月経ってない(笑)。半月あるかないかぐらい。アングル云々で写真の感じが変わるっていうのは知ってたし、その前に勉強とかはしてたから撮れると思ってた(笑)。

実際第1回も撮れたしね(笑)。もちろん今と見比べると「うーん」って感じなんやけども。

結局ランナバ始まる前に外で撮ったのは1回だけ(笑)。



―――――そこからランナバが始まるわけですけども。普通の人やったら例えば「カメラ練習したいからどっか行こう」とか、ツレに対して「ちょっと写真撮らせてよ」ってとこから始まると思うんですけど。いきなりこう、「来いよ!」みたいなスタンスで始まってますよね(笑)。それってコレ(天狗)やったんですか?


いやいや違うよ(笑)。その当時って今ほど写真が上がってくる環境って無かったし、カメラ買った時点でこう(お前すげえな)ってのもあったし…。


―――――結局コレ(天狗)でしょ?


違うって(笑)。俺もミーティングとかの開催に関わってたりしたこともあったけど、その第一線から退いて1年以上経ってたわけよ。その中で生活環境とかも変わったりしてて、ミーティングとかになかなか行く時間が取れなくなったりしててさ。ちょっと落ち着きだして、そんな時に「また皆で集まりたいね」って思ったのが最初。集まることがメインやって、そのついでに写真撮ったらおもしろいよねっていうのがホンマの最初かな。


―――――どちらかと言うと「写真撮りたいから集まろうよ」じゃなくて、「集まりたいから」って感じで?


そうそう。久々に集まろうよって。んでその記念に写真撮ろうって。

もともと集まりの運営側に関わってたりとかしてたし、もう一回そういう集まりをやろうよっていうのが最初。だから今みたいに「モデルさん呼んで、構図しっかり決めて、バシッと撮る」みたいなんじゃなくて、仲間内でカメラ持ってるし撮ろうよっていうのが始まりやね。

俺らの集まれる場所をもう一回作ろう、っていうのが始まりかな。


―――――そこからこう、第2回からガラっと変わったじゃないですか。写真を撮るために集める、みたいな。


その当時ってまだあんまりカメラが普及してなくて、ドコドコでミーティングするってなっても昼間ってことはなかったし。昼間集まれて、なおかつ主催と来てくれた人だけじゃなくて、来てくれた人同士が繋がれる環境を作りたかったっていうのは絶対にあって。

同じ場に同じ車だとか、同じカスタムの方向の車同士を繋げてあげるっていうのは意識してた。だからウチに来てくれたから顔見知りになったとか、仲良くなったっていうのは絶対あると思ってる。


―――――確かに僕も参加させてもらって交友関係はかなり広がりましたしね。


そこは絶対に外されへんかったし、最後の方は俺も写真撮るよりも人と人を繋げてあげるっていうことに重きを置いてたしね。だからそういうことは出来て本当に良かったなって今は思える。

だから当時ミーティングやってて写真上げたら、「こういうのやってるなら呼んでよ」っていうのも多かったし、その人がまた新しい人を連れて来はって、そこでまた新しい交流が増えたりってこともあったし…。こういう事してました、って写真上げて来たいって言うてくれた人は呼ぶようにしてた。

結局最終的には非公開のミーティングに40台弱、人で言うたら100人くらいか(笑)。






「車降りちゃったりとか、亡くなりはった人とか、撮りたかったなっていうのはあるよね。」


―――――とりあえず今のところまでランナバの始まりについて話してるワケですけど、つい最近ランナバを知った人とか、ここ2年くらいで知った人ってランナバがもともとミーティング形式ってことを知らないですよね。


知らんと思う。もともと非公開で始まったミーティングが最初やって。


―――――でも今のランナバってそういうミーティング形式じゃないじゃないですか。そこにこう変えようと思ったというか、シフトするキッカケみたいなのはあったんですか?


単純に(ミーティングをするのが)大変やったっていうのもあるし、楽しかった半面やっぱり色々問題とかもあったわけで。もちろん今でもミーティングはやりたいなっていうのもあるんやけど、やっぱり自分も発信していきたいなっていう欲が勝ってしまったんよね。同時に主催側に立ってた人間の生活環境も変わってきたりとかして。

ただその時にカメラもこう(気持ち的に下がってしまって)なってしまっていて、一時期はやめようかなってのも思って。でも「撮らへんの?」っていう声もあったりして。でもその時期くらいなんよね、玄ちゃんに会ったのって。

紹介してもらって初めましてして、写真撮って。その頃から玄ちゃんには「こういうことがしたい」っていうビジョンが明確にあって、それを実現してきた人ってホンマにおらんと思うねん。それに感化されて、すごいなって。

その後ぐらいから、個でやってるものやと思われてきてたし、その中で「撮ってよ」って言うてくれる人が増えてきたっていうのもあるね。

そこからフォーミュラDに撮りに行ったりとか、モナリザのミーティングもそうやし、あとはSRミーティングやね。そこから個々で動くことが大きくなったかな。


―――――ランナバをやってて良かったな、っていう成功談だったり失敗談みたいなのは?


成功談というか、よかったなって思うのは、昔よりも交友関係が広がったことかな。色んなモノを見る機会にもなったしね。

失敗は大きくなりすぎた事で俺が撮る写真が少なくなって、俺に撮ってもらいたかったっていう人が撮れなくなってきたっていうのがある。これはミーティングを辞めた理由の一つでもあるんやけどね。自分の写真が好きで撮ってもらう予定やったのに、車降りちゃったりとか、亡くなりはった人とか、撮りたかったなっていうのはあるよね。




ということでPart 2では成り立ちから今までや、けんけん氏のランナバへの思いなどを語っていただいた。

Part 3では昨今のカーカルチャーの一眼レフについてやカメラの上達方法、またランナバの今後の展望などを掲載する。




text : Yuto "GONTA" Ikeda
Photo : RUNABOUT HEROES

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